-Bitter sweet-
【上演申請の方法は「その他」欄に記載あり】
二月にしてはよく晴れて気持ちの良い日だった。多分、日曜日だった。少し車が混んでい
て、その脇を二人乗りした自転車で追い越していく。後ろには彼女。通り慣れた道を行
く。ほんの一年くらい前まではよくこうやって彼女を家まで送り迎えしていた。でも自分
が自動車に乗れる様になってからは専らそっちになった。家に車は一台しかなくて、父親
が乗って何処かに行ってしまうと使えなくなった。そういう日にはまた自転車。その日も
たまたまそういう日だった。

彼女と待ち合わせて家に着くまで小一時間ほど掛かる。結構な距離だ。お互いに住んでい
たのは隣の市だ。高校の頃にはその距離をほぼ毎日往復していた。朝に駅で彼女と合流し
て学校まで二人乗り。帰りは彼女の家まで二人乗り。よく先生に見付かって注意されたけ
ど、そんなに本気では怒られなかった。結構な距離だ。時間が掛かるから色々な事を話し
た。何を話したのか思い出そうとすると、実はほとんど覚えていない。その場限りのどう
でもいい話をたくさんしたのだと思う。何を話したのかは思い出せないけど、彼女といる
時はいつでも楽しかった。それだけはすぐに思い出せる。よく笑う子だった。自分も笑っ
て欲しくて、笑ってもらえる様な事を口にした。その場限りのどうでもいい話。たまに帰
り道の途中にある和菓子屋に寄ったりもした。彼女はすあまを食べた事がなくて、そこで
初めて食べて喜んでいた。二人とも甘いものが好きだった。そんな事をしながら何度も何
度も同じ道を通った送り迎え。夏は暑かったし冬は寒かった。季節が変わっても風景が変
わっても服装が変わっても、二人は特に何も変わらなかった。

その日は彼女と会うのが久し振りだった。それこそ付き合い始めの頃には「三日以上会え
ない日を作らない」という、特に意味のない約束を作ったりしていた。そして二人ともそ
れをどうにか守ろうとしていた。その為にお互いの他の予定を調整して会った。でも別に
会って何をする訳でもなくて、ただ会いたいから会った。そういう日々が二年半続いた。
最初の一年は自分も高校生だったからほぼ毎日学校で会えたし、休みの日も特に用がなく
て会いたいだけ会えた。でも彼女は二つ下だったから、自分が卒業してからはそれぞれの
生活に違いが出た。それでも会った。少ししか会えなくてもいいから会いたくて、会うと
結局少しどころか長くなって彼女の帰りが遅れてお母さんに怒られる。そういう日々だっ
た。
久し振りに会ったからといって特にお互い変わった所はなかった。これが例えば髪型とか
体型に少しでも違いが出ていれば実感したのだろうけど、特になくて。そもそも二ヶ月や
そこらじゃそんなには変わらないのだけど。二人乗りで家まで向かう間、会わなかった間
にお互い何があったかを話した。自分は自転車を運転しているから前を向いていて、彼女
の声が背中越しに聞こえてくる。何度も何度も通った道の途中、寂れた神社の前を過ぎ行
く辺り。彼女が『好きな人が出来た』と言ったのが聞こえた。

彼女と自分は二ヶ月前に別れていた。もう会えないかもしれないと思っていたのだけど、
彼女のほうから会いたいと連絡をしてきた。そして会ったのが今日。二月の日曜日。
別れを切り出したのは自分のほうだ。彼女に対する気持ちが褪せた訳ではなく、自分のや
りたい事が明確になって近々に上京するつもりでいた。その為には彼女と遣り取りをする
時間がどうしても減ってしまうし、会えなくなる。随分と前からそうなった時を想像して
みていた。彼女は甘えてくる子で、明日何をどうするかもあまり考えない子だった。その
場その場の一瞬を楽しく過ごせればいいと思っている部分があって、自分も彼女のそうい
う所が好きだった。でも将来的な事を考えると微妙だった。そもそも自分は将来設計をし
っかり考えたい性格で、これから先の事を考えれば考えるほどに彼女との関係をどうすれ
ばいいかと悩んだ。要するに「着いて来い」と言えるだけの甲斐性がなかった。
自分が高校を卒業してからの会い方はほぼ一貫していて、大体が土日のどちらかに会って
いた。彼女を迎えに行って家に戻る。そして自分が昼食を作る。二人で食べる。食休みで
ボーっとする。その内に抱き合ったりキスをしたりして、セックスをする。終わって寄り
添っている内に寝てしまって、起きて門限に間に合う様に急いで送る。こんな感じ。
その日も途中までは同じだった。食休みでボーっとする所まで。自分に僅かばかりの下心
があった事は認める。彼女に『台所を貸して』と言われた。昼食の後片付けをするのかと
思ったら、彼女が戻らないまま結構な時間が経った。いつの間にか自分は寝ていて彼女に
起こされた。もう帰るらしい。迎えの時には自転車だったけど、父親が帰って来たので車
を使う。自転車のほうが長い時間いられるのに、と思った。
彼女を送って、家に戻った。もうあの道を通る事もないと考えて、しまったあの和菓子屋
に寄る機会もなくなるのかと惜しく感じた。なくなって初めて気付く、みたいな。和菓子
があった覚えはないけれど、何かしら甘い物くらいはあるだろうと思って台所で冷蔵庫の
扉を開けた。

プリンが二つ入っていた。手作りのチョコプリンだ。二月の日曜日。もうすぐバレンタイ
ンが来る頃だった��
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